2026-03-17
三月の音
せめる。
自分の姿勢の話という前提での言葉。
もちろん’誰かを’ではなく。
受け身で待つ時ではなく、祈りにしても明確に祈りをむけていくこと。
自分を脇役にしない。
ネガティブもポジティブもどちらも等しく自分の内にあるもの全て、出し切っていく。
魂の成長のみが、生きる意味だと思う。
いつも自分が、このとっても短い人生のストーリーの主役であるということから逃げないように。
ユーモアは忘れず。
つまりは幸も不幸も俯瞰して見ていられる余裕を持つこと。
せめる。
自分の姿勢の話という前提での言葉。
もちろん’誰かを’ではなく。
受け身で待つ時ではなく、祈りにしても明確に祈りをむけていくこと。
自分を脇役にしない。
ネガティブもポジティブもどちらも等しく自分の内にあるもの全て、出し切っていく。
魂の成長のみが、生きる意味だと思う。
いつも自分が、このとっても短い人生のストーリーの主役であるということから逃げないように。
ユーモアは忘れず。
つまりは幸も不幸も俯瞰して見ていられる余裕を持つこと。